私が毎日、氏神様へ歩いている理由

気づけば、1年以上ほぼ毎日、氏神様へお参りに行っています。

天候や体調によっては、
車や自転車で行く日もありましたが、
参拝だけは一日も欠かしていません。

正確に言えば、
一度だけ氏神様に行けなかった日があります。

伊勢へ旅行していた日です。

その日は氏神様には行けませんでしたが、
伊勢の神社をいくつも参拝し、
いつも以上にたくさん歩いていました。

振り返ると、
それもまた自然な流れだったように感じています。


神社へ歩き始めたきっかけ

この習慣の始まりは、
新嘗祭の頃でした。

新嘗祭から冬至まで、
天皇陛下は国と人々のために祈りを捧げられます。

その祈りの期間に、
「自分にもできることはないだろうか」と思ったのです。

とても小さなことですが、
私も氏神様へお参りをして、
日本が良くなることを祈ろうと思いました。

それが、すべての始まりでした。


歩くと、不思議と整う

最初は、
「続けよう」と強く決めていたわけではありません。

ただ、
毎日少し歩いて神社へ行き、
静かに手を合わせる。

それを続けているうちに、
あることに気づきました。

歩いて神社まで行くと、
心や身体が整うのです。

少し気分が重い日でも、
歩いて神社まで行って帰ってくると、

なぜか
気持ちが軽くなっていることがよくあります。

考えがまとまらない日も、
歩いているうちに整理されていきます。


体調が少し悪い日ほど歩く

私の場合、
体調が少し悪いときほど、

「とりあえず歩いてみよう」

と思うことがあります。

無理はしませんが、
ゆっくり神社まで歩いてみる。

すると多くの場合、
帰るころには体も気持ちも整っているのです。

もちろん、
すべてがすぐに解決するわけではありません。

それでも
歩くことと、
神社で静かに手を合わせることは、

私にとって
自分を整える大切な時間になっています。


ごきげんは、小さな積み重ね

暮らしの中で
ごきげんでいることは、
とても大切だと思っています。

でも、ごきげんは
外から与えられるものではありません。

自分の心や身体のサインに気づき、
少しずつ整えていくこと。

その積み重ねが、
ごきげんをつくっていくのだと思います。

私にとって
氏神様への散歩は、

その小さな積み重ねのひとつです。


これからも、静かに続けていきたい

特別なことではありません。

ただ歩いて、
静かに手を合わせるだけです。

でも、その時間は
私の暮らしの中で

とても大切なものになっています。

これからも、
自分のペースで、

静かに続けていきたいと思っています。

歩くことや、暮らしを整える習慣についても、
このブログで少しずつ書いていこうと思います。

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